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東京地方裁判所 昭和48年(レ)68号 判決

昭和四二年(レ)第二九五号事件控訴人 同四八年(レ)第六八号事件附帯被控訴人 (以下控訴人という) 目黒年雄

右訴訟代理人弁護士 石川泰三

同 辛島睦

右訴訟複代理人弁護士 大矢勝美

昭和四二年(レ)第二九五号事件被控訴人 同四八年(レ)第六八号事件附帯控訴人 (以下被控訴人という) 西武鉄道株式会社

右代表者代表取締役 小島正治郎

右訴訟代理人弁護士 遠藤和夫

主文

控訴人は被控訴人に対し、別紙目録記載の土地につき昭和二九年七月一二日の売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

控訴並びに附帯控訴の各費用はすべて控訴人の負担とする。

事実

第一申立

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに「被控訴人の附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに附帯控訴およびこれに基づく請求拡張により、「主文第二項同旨。附帯控訴の費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二主張

当事者双方の事実上および法律上の主張は、次のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(被控訴人)

一  控訴人と被控訴人間において昭和二九年七月一二日宅地転用を目的として締結された別紙目録記載の土地(以下本件土地という)についての売買契約(以下本件売買という)の成立について

(一) 被控訴人は、昭和二八年から本件土地を含む東京都府中市小柳町(当時の町名大字常久柳原)一帯の土地約三万坪を工場敷地その他の附帯設備のため買収することを計画し、昭和二九年七月に至り本件土地やその周辺についてその地主と買入交渉に入った。控訴人も右地主の一人で、被控訴人は昭和二九年七月一二日控訴人と本件土地につき代金を三七万七三〇〇円(坪当り七〇〇円)とし、農地法五条にもとづく東京都知事の所有権移転許可を法定条件として売買契約(本件売買)を締結し、控訴人に対し同年一一月一六日金五万円、同年一二月三〇日金五万円、昭和三〇年一月一六日金二七万七三〇〇円合計三七万七三〇〇円を支払った。右売買単価坪当り七〇〇円は、当時の標準価格であって砂利だけの買収代金であれば坪当り二〇〇円ないし二三〇円が標準であった。

(二) 被控訴人が本件土地を含む周辺一帯を買収するに際して、土中の砂利のみを買受けた例はないが、本件土地から砂利採取をしたことはある。しかし、その「売渡承諾書」(甲第一号証)の記載を砂利の売買と解することはできない筈で、その「領収証」(甲第二号証)にも土地代金領収とあり、また農地法五条の許可申請義務を認める記載もある。当時は何人も右売渡承諾書の形式によって売買をなしたのであり、ルーズな形式との主張はあたらない。被控訴人の買収担当者は、広大な土地をまとめて買取る場合に右のような売渡承諾書の方式によるのが最も円滑に事務処理ができるものと考えていたため、これを使用したものである。

(三) 被控訴人が本件土地周辺で買収した土地のうちには、地目変更によって直ちに所有権移転登記手続ができた土地もあるが、それはもともと農地といえる状況でなかったもので、そのまま現況を確認する手続によって直ちに登記を経由できたのである。また、買受農地のうち、たまたまある地域をまとめて転用許可申請手続をすることとした場合は、転用許可処分まで相当日数を要する懸念があるところから、所有権移転の仮登記を経由したものもあるが、必ずこれをしたという訳ではない。

(四) 訴外杉本貞一は、本件土地に代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を有していたが、昭和四〇年控訴人を相手取りその農地転用許可申請手続等を求める訴を立川簡易裁判所へ提起し、控訴人が右事件の口頭弁論期日に欠席し明らかに争わなかったため、杉本の請求を認容する判決は確定した。そのため、杉本の仮登記以前に本件土地を買受けていた被控訴人は、やむなく莫大な金員を出捐して杉本の右仮登記(なお、登記簿上は訴外田中徳三を経由しての移転となっているが、実質的には杉本の仮登記である)の移転を受けた。一方、これより先、本件土地について杉本から農地法五条による許可申請が府中農業委員会を経由して東京都知事宛提出されていたが、右仮登記上の権利が被控訴人に移転されたことから、同委員会は控訴人から杉本に対する転用許可ではなく、控訴人から直接被控訴人に対する転用許可をするから、その趣旨の許可申請を提出するように勧告した。しかし、控訴人はこれに応ぜず、杉本も妨害工作を弄したので、被控訴人はやむなく本訴提起に踏み切ったのであり、被控訴人の従業員が昭和三七年頃控訴人に対して改めて本件土地を坪当り七〇〇〇円で買受けたい旨申入れた事実は全くない。

二  農地法五条、同法施行則二条二項、六条二項所定の許可の許可申請請求権の消滅時効について

(一) 右請求権の消滅時効に関する控訴人の主張は争う。

(二) 農地法五条所定の知事の許可は、当事者間において農地の所有権を移転する行為の効力が発生するために必要なものとして法律によって定められた要件で、農地に関する一般的統制を特定の場合に解除し、適法に一定の事実行為または法律行為をなすことを得しめる性質と第三者の法律行為を補充してその法律上の効力を完成せしめる認可的性質をもつ行政行為である。そして、多くの判例は、「農地の所有権を移転する行為」とは、民法一七六条の所有権移転の意思表示ではなく、民法五五五条の売買契約そのものであるとし、売買は知事の許可がない限り農地所有権移転という効果を生じないものとし、知事に対する許可申請に協力する義務は売買の効果として発生するものとしている。ところで、この義務は当事者間の売買にもとづいて発生するが、同時に農地法の公益上の必要から要求されるものであるから、単に当事者の一定期間の権利の不行使という事実状態の経過によって消滅するということはありえない。したがって、右許可申請請求権が時効消滅したとする控訴人の主張は失当である。

(三) 農地法五条所定の許可は、農地の所有権移転の効力発生のための法定条件であり、右許可申請をすべきことを求める請求権は所有権移転登記請求をなすについての不可欠の前提要件として行使を要するものである。

したがって、これを本件たる登記請求権の側からみれば、常にこれに随伴する権利ともみることができるから、登記請求権と常にその運命をともにし、これとは関係なく独立で消滅時効にかかることはないものと解すべきである。そして、所有権に基づく物権的請求権が消滅時効にかからず、したがって所有権に基づく登記請求権も同断であることは確立された判例理論であるから、右の点からしても控訴人の主張は失当というべきである。

三  本件土地の現況について

本件土地は、多摩川の河川敷に隣接して位置する関係上多量の砂利を含み、元来耕作に適する土地ではなかったため、被控訴人が本件土地を買い受けた昭和二九年七月当時控訴人は既に本件土地での耕作を中止しており、雑種地の状態で放置されていた。なお、被控訴人が砂利を採取する以前から本件土地には砂利採取の痕跡が各所にみられた。

被控訴人は、右のとおり本件土地買受後暫らくの間砂利採取を行なったが、昭和三六、七年頃に至り本件土地を含む被控訴人の買収した周辺一帯の土地に盛土して整地化し、現在は完全に宅地化されている実状である。

したがって、右整地後に、控訴人もしくは第三者が本件土地を耕作していた事実はない。

右のとおり、本件土地が既に宅地化している以上農地法五条所定の知事の許可は不要に帰し、本件売買は完全に効力を生ずるに至ったものであるから、被控訴人は附帯控訴として従来の請求を拡張して、控訴人に対し、主位的に無条件の移転登記手続を求め、予備的に従来の請求である、知事に対する許可申請手続とこれを条件とする所有権移転登記手続を求める。

(控訴人)

一  本件売買について

(一) 控訴人は、本件土地を被控訴人に売渡した事実はない。

(二) 被控訴人が本件土地周辺で砂利採取をしていた昭和二七、八年頃、被控訴人に対し砂利のみを売った者(例えば乙第一七、一八号証の土地)と砂利採取のため土地自体を売った者(例えば小柳町六の二三の九の土地)とがあり、控訴人は前者に属する。

(三) 控訴人は、昭和二九年頃被控訴人の従業員に対して砂利採取に必要な東京都知事の一時転用許可手続をとるためということで、控訴人の印章を渡したことはある。しかし、被控訴人主張の売渡承諾書や代金領収証を本件土地売買に関して作成した事実はない。被控訴人は砂利採取のための許可申請手続をとらず砂利採取を行なったのみでなく、右許可申請手続のため控訴人から交付された印章を右目的のためには使用していない。また、昭和二九年当時はいわゆる創設農地の売買について知事の許可を受けることは困難とされていたもので、前記売渡承諾書を差し入れるだけのルーズな形式で農地の売買をする筈がないのである。

(四) 被控訴人は本件土地周辺の農地を多数買受けているが、そのうち登記簿上は農地でも現況が雑種地となっている土地については地目を雑種地に変更することによって知事の許可を得ることなく所有権移転登記を経由する一方、その他については予め買受農地につき所有権移転の仮登記をなし、後になされるべき所有権移転の本登記に備える取扱いをしている。しかるに、本件土地については、いずれの手続もなされていない。

(五) 被控訴人の従業員は、本件土地を買受けたと称する昭和二九年から八年を経過した昭和三七年頃、控訴人に対し本件土地を坪当り七、〇〇〇円程度で買受けたい旨申し込んできたことがあるが、控訴人はこれを断った。

(六) 控訴人は、これまで本件土地の固定資産税、都市計画税を何ら異議なく納付してきているが、これは本件土地を被控訴人に売渡したことなどないからである。

二  許可申請請求権の消滅時効について

知事の許可を法定条件として農地を売買した場合の当事者間の法律関係は、所有権移転という物権的効果の部分は許可前には発生しないが、他の債権的効果の部分はその効力が直ちに発生するものであって、そのうち最も重要な効果は売主から買主に対し知事に対する許可申請に協力することを求めうる点である(農地法五条、同法施行規則二条二項、六条二項)。被控訴人が本訴で主張する右許可申請請求権は、まさに右法定条件付売買の債権的部分の効果として発生した権利であり、形式上は登記請求権に似ているが、それとは異質のものである。けだし、前記のとおり農地の売買においては知事の許可を得る以前には所有権は移転していないから、右許可申請請求権を買主の所有権に基づく権利とみることはできず、債権的請求権といわざるを得ないからである。そうだとすれば、仮に被控訴人が右許可申請請求権を有していたとしても、右権利は民法一六七条一項により本件売買が成立したとされる日の翌日たる昭和二九年七月一三日から一〇年を経過した昭和三九年七月一二日の満了により時効が完成し、本訴提起以前に既に消滅していることとなる。

三  本件土地の現況について

(一) 控訴人は、本件土地において昭和二九年頃までさつまいも、陸稲等を植付けて耕作していたが、被控訴人に本件土地の砂利採取を許したため随処に穴があき、水がたまった状態となった。しかし、砂利採取終了後被控訴人において穴に土を入れて修復した結果耕作が可能となったので、控訴人はねぎ、さつまいも等を植付けて耕作を再開したが、昭和四〇年一〇月頃訴外杉本貞一に対する債務担保のため、本件土地につき同人に対し所有権移転請求権保全の仮登記を経由するとともに、同人の要求に基づき本件土地を同人に引き渡し、その管理、耕作もすべて同人に一任した。そして、杉本は本件土地に梨、梅、柿等の果樹の苗を植えたりしていたが、被控訴人より本訴が提起されたため、その後は放置された状態となっている。しかし、本件土地は耕作しようとすれば何時でも耕作可能の状態にあり、被控訴人主張の如く恒久的に宅地化しているとは到底いえない。

(二) 仮に本件土地が事実上恒久的に宅地化されているとしても、本件土地に土盛りをして宅地としたのは被控訴人であり、控訴人はこれを一切関知していない事実が看過さるべきではない。

農地を農地法五条の許可なく農地以外のものに転用することは明らかに違法であり(農地法九二条)、もっぱら自らの利益のために違法な事実を作出しながら、そのことより生ずる利益を主張することが許されれば、農地法の適用は潜脱され、同法の脱法行為を奨励することにもなりかねない。したがって、右の如き事実のもとにおいては、仮に本件土地の売買契約が成立していたとしても、なおその売買による所有権移転は知事の許可を要するものと解すべきである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  本件売買の成立について

(一)  本件土地が、昭和二九年七月当時控訴人所有の地目畑たる農地であったこと、控訴人が、それぞれ被控訴人主張の頃被控訴人より合計三七万七三〇〇円を受領したことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  被控訴人は、本件売買の成立は控訴人作成の売渡承諾書(甲第一号証)と領収証(甲第二号証)の存在からも明らかであると主張するので、まず右甲第一、二号証の成立について検討する。

1  右甲第一、二号証について控訴人は、原審第四回口頭弁論期日においていずれもその成立を認めたが、第六回口頭弁論期日においてその成立は不知と認否を改め、当審第二回口頭弁論期日に至り再び、印影の成立を認め、その余の部分の成立は否認と変更し、被控訴人はこれに対し異議を述べ、さらに第三回口頭弁論期日において印影が控訴人の印章によって顕出されたものであることを認め、その余の部分の成立は否認すると変更し、被控訴人はこれにも異議を述べたことが記録上明らかである。

ところで、かような文書の成立に関する自白についても、これが真実に反し、かつ錯誤に基づくものであることが証明されなければ、その撤回は許されないものと解するのが相当である。

まず、原審における控訴人の認否の変更に対しては、被控訴人は何ら異議を述べていないことが記録上明らかであるから、右甲第一、二号証の成立は不知と適法に変更されたものと解すべきところ、当審第二回口頭弁論期日における認否の変更は従前の不知より被控訴人にとっては有利なものであるから、これに対する被控訴人の異議は許されないものというべきである。

しかし、≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和二九年当時右印章を文書作成等に使用していたことが認められ、さらに当審鑑定人町田欣一の鑑定の結果も甲第一、二号証の控訴人の署名部分がその自書にかかるものであることを推認せしめるのみでなく、前記争いのない金員受領の事実と甲第二号証の記載文言は符合しているから、他に特別の事情のない限り甲第一、二号証中の印影は真正に成立したものと推認される。

右の点につき、控訴人は、被控訴人が本件土地から砂利を採取するため、それに必要な東京都知事の農地一時転用の許可申請に使用する目的で控訴人から被控訴人の従業員に預けられた控訴人の印章を冒用ないしはその印影のある書面を冒用して甲第一、二号証を作成したかの如き主張をするも、原審および当審における控訴本人尋問の結果をもってしても前記推定を覆すに足る格別の事情は窺われず、他に右主張を裏付けるに足る証拠も見当らない。

したがって、仮に控訴人の他の主張に照らし、その認否に錯誤があるものとしても、当審第三回口頭弁論期日における認否の変更は許されず、同期日になされた被控訴人の異議は理由があるものといわなければならず、結局甲第一、二号証の印影の成立は当事者間に争いがないものと解すべきこととなる。そうすると、甲第一、二号証は、その余の部分も反証のない限り真正に成立したものと推定されるところ、前記控訴本人尋問の結果は右反証となすに足りず、甲第一、二号証は全部真正に成立したものと推定される。

2  そこで、当事者間に争いのない前記(一)の事実と≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人は、昭和二八年頃被控訴人会社多摩川線沿線の開発を目指し、工場敷地その他に使用するため府中市小柳町(当時の町名は大字常久柳原)の本件土地周辺約三万坪を買収すべく、その一環として昭和二九年七月一二日控訴人所定の本件土地を宅地転用を目的として代金合計三七万七三〇〇円(坪当り七〇〇円)で買受けることを控訴人と約し、昭和三〇年一月一六日までに控訴人に対し右売買代金合計三七万七三〇〇円を支払ったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

3  しかるに、控訴人は前記売買は本件土地中の砂利のみを売却する趣旨であった旨主張し、原審および当審における控訴本人尋問の結果中には右主張に添うものがあるが、仮に本件土地周辺でそのような売買のなされた事例があったとしても、前記甲第一、二号証の記載文言中には砂利売買であることを窺わせるものは全く見受けられないから、右控訴本人尋問の結果はたやすく信用できない。

4  さらに、≪証拠省略≫によれば、被控訴人が買収した本件土地周辺の土地の中には、地目を畑から雑種地に変更したのちその所有権移転登記を経由している事例の存することが認められ、また前記認定の本件売買直後被控訴人が本件土地より砂利を採取したが、後に採取によって生じた穴を埋めたことは当事者間に争いがない。しかし、≪証拠省略≫によれば、右の穴埋めは玉石などで穴のでこぼこを修復して原状復旧した程度のものであったことが認められ、右以外には昭和三六、七年以前に本件土地の客観的状況が宅地化していたことを認めるべき証拠はないので、当時本件土地についてその地目を変更のうえ知事の許可なく所有権移転登記を経由することができたものと前提することはできない。かえって、≪証拠省略≫によれば、控訴人は被控訴人に対し、本件売買に際し東京都知事への農地転用許可申請手続その他必要手続は後日何時でも行なうことを約していた事実も認められるので、被控訴人において本件土地につき地目変更による所有権移転登記手続ないし仮登記を経由していないことをもって、本件売買が成立したとの前記認定を覆すには足らない。

5  また、≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和二九年七月以降も引き続き本件土地の固定資産税を納めていることが認められるが、右課税処分が本件土地の登記名義人たる控訴人に対してなされたことは当然のこととして、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は買収土地の公租公課を買受日時以降負担するが、売主から予め請求のあった場合を除き所有権移転登記完了時に売主において支払った公租公課を一括清算する取扱いをしていたこと、控訴人は被控訴人に対し予め本件土地の公租公課の支払いを請求していなかったことが認められるので、控訴人が本件土地の固定資産税を納めていたとの事実も本件売買成立の前記認定を覆すに足りない。

5  つぎに、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は昭和三二年一一月一〇日訴外杉本貞一との間で、本件土地を目的として同人から借受けた金員返還債務不履行を条件とする代物弁済予約をなし、昭和四〇年六月二一日これを原因として所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、控訴人は期限までに右債務を弁済できなかったため、杉本は右代物弁済予約に基づく予約完結権行使の意思表示をなしたうえ、控訴人を相手取り東京都知事に対する農地転用許可申請手続および右許可を条件とする所有権移転請求権保全の仮登記に基づく所有権移転の本登記手続を求める訴を立川簡易裁判所へ提起し、控訴人欠席のまま同年九月二九日右請求を認容する判決の言渡があり、右判決は確定したこと、なお右判決言渡の前後頃、杉本は右仮登記上の権利を訴外田中徳三、石川イト、城所仙蔵らに譲渡したが、被控訴人は昭和四一年三月三一日右仮登記上の権利を右三名より譲り受けるとともに、同日杉本との間で、同人が農地法五条による知事の許可を得て本件土地の所有権を取得した場合、被控訴人はこれを代金一、七七五万一〇〇〇円で買受けることとし(右代金は同日杉本に全額支払われた。)、杉本は前記確定判決に基づく転用許可申請および右許可を条件とする所有権移転手続をすみやかになすべきことにつき合意をみ、同年四月二七日右合意を内容とする即決和解が立川簡易裁判所においてなされたこと、ところがその後杉本が東京都知事に対してなした転用許可申請は、昭和四二年七月二一日農地転用目的実現の確実性は認められないとの理由をもって不許可となったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、被控訴人は、控訴人主張の如く自ら買受けた本件土地を杉本に対し多額の金員を支払って再びこれを取得せんとしていることになるが、≪証拠省略≫を総合すると、被控訴人は、前記のとおり被控訴人会社多摩川線沿線開発を計画して本件土地周辺一帯の広大な土地を買収したが、当時右買収事務を担当した被控訴人会社不動産課は課員の数も少なく弱体であるうえ、課内での職務分掌も明確でなかったことから登記手続その他の事務処理が著しく遅延している間に、杉本の前記仮登記が付され、これに基づく前記確定判決も出るに至ったため、やむなく善後措置として杉本との交渉により本件土地を取得確保せんとして前記即決和解を成立せしめたこと、しかるに杉本に対しては前記転用不許可処分があったので、被控訴人の諸工作は結果的には全く徒労に帰したことが認められるので、仮に控訴人主張の如く被控訴人が昭和三七年頃控訴人に対して本件土地につき再買受けの申込みをした事実があるとしても(当審における控訴本人尋問の結果中には右主張に添うかの如き供述もあるが、これも第三者を通じてそのような話があったという程度のものであり、右供述のみでは右事実を認めるに充分でない。)、本件売買成立の前認定を左右するものではなく、むしろ前記善後措置にみられるところは前認定を裏付けこそすれ、これを覆す事情とは認め難いところである。

(三)  以上のとおり、本件売買は不存在とする控訴人の主張はいずれも採用し難く、前認定のとおり本件売買の成立はこれを認めざるを得ない。

二  本件土地の宅地化について

≪証拠省略≫を総合すると、本件土地は一級河川多摩川の堤防北側に沿って位置しているため元来河川敷に類した砂利質であり、表土を三〇センチ程度堀り下げると砂利が露出する有様で、昭和二五年創設農地として国より払下げを受けた控訴人も本業として石材加工業を営んでいたこともあって、戦後の食糧難時代に本業の合い間をみて細々と耕作していたような土地であること、しかし食糧事情も次第に好転し、遅くとも本件売買成立後は、控訴人は本件土地での耕作を全く放棄してしまったこと、その後控訴人に対する貸金の担保として本件土地の引渡を受けた杉本が本件土地の一部の周辺部に主としてせんぶり等の薬草を植え付けたこともあったが、本訴提起後は全く放置されたままになっていること、本件土地の附近一帯には東京競馬場、多摩川競艇場等も存在し、府中市の都市計画区域に指定され、幅員一六メートルないし一八メートルの道路建設も予定されており、とくに本件土地の東側周辺は被控訴人会社多摩川線多摩競艇場前駅に近いためか、現在では建売りもしくは個人建設と覚しき小規模な個人住宅が密集して建築されており、また北側には工場もしくは倉庫と覚しき近代的建物も存在すること、被控訴人は昭和三六、七年頃本件土地に地盛りをし、敷地として整地したが、控訴人は本件土地の近くに居住しながら本件土地の状況については全く関心がなく、右整地行為についても格別の異議を述べず、むしろ暗黙の了解を与えていたこと、本件土地は現在においては若干雑草の生い茂っている部分もみられるが、おおむね地盛りがなされて平坦化しており、耕作の目的に供される土地とは到底みられないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右のとおり、本件土地の客観的状況および右の如き状況に至った経緯のもとにおいては、本件売買は農地法五条所定の知事の許可を経ることなく完全に効力を生じたものと解するのが相当である。

したがって、被控訴人の附帯控訴にかかる主位的請求は理由があるものといわなければならない。

三  結論

以上の次第で、被控訴人の主位的請求は正当である(したがって、控訴人の本件控訴の当否、ひいて被控訴人の予備的請求については判断しない。)。

よって、被控訴人の附帯控訴にかかる主位的請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 大沼容之 佐藤道雄)

〈以下省略〉

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